皆さんは福岡空港内に今も米軍施設があることをご存知でしょうか?
更には、福岡空港の歴史を紐解くと昔は空港全体が米軍基地だった時期もあるのです。
今回は福岡空港と米軍に関して下記の点を中心にお伝えします↓
- 米軍施設はどこにある?
- 昔は米軍基地だった?
知っていた方にとっては当然の情報かもしれませんが、知らなかった方にとっては驚きの情報になるはずです。
現在も福岡空港に米軍施設がある?
現在も福岡空港内に米軍施設はあります。
それはGoogleマップにも表示されています。
こちらがGoogleマップの航空写真↑
ご覧の通り、「米空軍航空機動軍団」とはっきりと表示されている建物があります。
地図の赤丸部分が「米空軍航空機動軍団」がある場所↑
福岡空港には「国内線」と「国際線」があるのですが、この「米空軍航空機動軍団」は国際線ターミナル側にあります。
ちなみに、全国の民間空港の中で現在も米軍の専用区域があるのは福岡空港だけ。
米軍機は福岡空港の滑走路も利用しています。
こちらは地元のテレビ局RKBが米軍施設についてまとめた動画↑
かなり分かりやすく解説されているので、興味のある方はご覧ください。
福岡空港は昔、米軍基地だった?
そもそもなぜ福岡空港内に米軍施設が今もあるのでしょうか?
実は、福岡空港のある場所は昔、米軍基地だったからです。
空港の歴史を年代順に並べたものがこちら↓
終戦間際に帝国陸軍航空部隊の席田飛行場(むしろだひこうじょう)として完成。
↓
1945年10月
終戦後、アメリカ軍飛行部隊が席田飛行場に進駐。板付基地として接収。
↓
1972年
格納庫などの一部施設を残して返還される。名称は板付基地から福岡空港へと変更される。
上記の動画でも説明されていますが、板付基地の時代は米軍機の墜落事故が多発し、市民が被害に遭うこともあったようです。
その為、板付基地への反対運動が起こり、1972年に一部施設を残して返還されることになりました。
現在、沖縄で米軍基地への反対運動が行われていますが、50年前には同じようなことが福岡でも行われていたのです。
朝鮮戦争の出撃拠点だった
前述の通り、終戦後にアメリカ軍に接収されて板付基地となったわけですが、1950年に始まった朝鮮戦争では重要な出撃拠点にもなりました。
この時期は、福岡から朝鮮へ多くの戦闘機が出撃していたようです。
その光景は、福岡が生んだ国民的スターであるタモリさんも幼少期に見ています。
タモリ少年は小さい頃、高宮に住んでいました。
家の前はなだらかな坂で、そこから板付基地方面を見ると毎日たくさんの飛行機が離陸していたそうです。
子供ながらに何事かと思い、一緒に住んでいたおばあちゃんに聞いたところ、あの飛行機は朝鮮へ向かっていると言われたそうです。
それだけ当時の福岡の空には米軍機がたくさん飛んでいたということになります。
福岡空港といえば抜群の立地を誇るわけですが、その歴史を紐解くと、日本軍の飛行場として作られ、その後長い間、米軍の基地だった過去があります。
軍の飛行場・基地として利用されていた期間は27年(1945〜1972年)。
そう考えると、福岡空港の歴史のうち3分の1は軍関係だったということになります。
現在も空港内に残る米軍施設についてですが、福岡県と福岡市は返還を求める姿勢を取っているようです。
事は簡単には動かないでしょうが、今後どうなるのか注目です。














